〜「しのびぐさ」をもとに再現〜

 1945(昭和20)年4月13日に集団疎開へ行き,のこった人はあまりいませんでした。
5,6年生は中島小学校へ,4,3,2,1年生は慈仙寺,誓願寺,住吉神社,昭法寺の中で,家の近い所へ通っていました。
 学校は建物疎開でこわされ,講堂だけが残っていました。
運動場には,食べ物がたりなくなっていたので,サツマイモを植えていました。
この年は8月10日から夏休みになる予定で,8月6日は学校へ登校するひでした。
この物語は,あの日中島小学校に残っておられた二森先生が書きのこされた本をもとに作っています。


<朝>
★宿直室(先生が夜学校を見回るためにとまる部屋)でのこと。
−昨夜の宿直は,寺田先生,二森先生−

寺田  :おはようございます。
二森  :夕べは空襲警報が3度も出ましたが,空襲はなくてよかったですね。
寺田  :朝ご飯にしましょう。
二森  :今日も暑くなりそうですね。
                                             
★朝食を食べる。
−空襲警報発令 ウーウーウー−

寺田  :またB29がやってきましたね。もう子ども達は登校しているかもしれません。
二森  :ちょっと見に行ってきます。

★運動場に出ました。建物疎開の後始末に来ている人に出会いました。
二森  :おはようございます。

★空襲警報解除
−子ども達が次々と登校してきます。先生方も登校します。−
子ども :先生,おはようございます。
二森  :おはよう。

★講堂の中の事務室−打ち合わせ
教頭  :校長先生は,今日は出張中です。
      まだ,来ておられない先生もおられますが,暑くなりそうですので,打ち合わせをしておきましょう。
重森  :朝のすずしいうちに,サツマイモの草取りをしておいたらどうでしょう。
寺田  :集団疎開先の三良坂から報告が来ていました。

★打ち合わせが終わり,重森,大西先生が事務室のそうじに取りかかります。
−2階,3階の子ども達は,走り回ったりおしゃべりに夢中。
  多くの子は去っていくB29を窓から見ていました。−
二森  :8時15分か。さあ,サツマイモの草取り作業に取りかかりましょう。

★ピカッ!ものすごい光。
−反射的に机の下にもぐり込む。
−気がつくと,あたりは真っ暗やみ。1部3階建ての講堂が,完全にくずれています。
 材木,板などが二森先生の体におおいかぶさり,気を失っています。

★どこからか,「しっかりせよ。大丈夫。大丈夫。」の大きな声が聞こえ,足音が聞こえてきました。
 その声で二森先生は意識を取りもどしました。
★二森先生はい出しました。−くずれ落ちた講堂の屋根のかわらの上に立っていました。
 くつはどこかに吹っ飛び,くつ下だけです。
二森  :遠くが見えない。ここはどこだろう。一体何が起こったのだろう。
      武徳殿の高い建物も,県庁のスマートな西洋式の建物も,県病院の病室も,
      みんななくなっている。子ども達はどうなったのだろう。

★はい出てきた男の先生4人で,子ども達を探しに行きました。倒れたつくえ,いすを取りのぞいていきます。
茅原  :おおい,大丈夫か。だれかいるか。
牧野  :いたら,返事をして。
子ども :先生。ここです。助けてください。
★5人助け出しました。4人は大したけがではありません。1人はうでから血が流れていて足の骨を折っています。
 落ちていた木を添え木にして,布をまきました。
茅原  :痛くてもこれでがまんしろ。さあ,ついてこい。
牧野  :二森先生,気分はどうですか?顔から血が出ていますよ。
茅原  :左うでの所をやられていますよ。白い骨が見えるじゃありませんか。
二森  :先ほどは子どもを助け出したのに,指が動かなくなってしまった。
茅原  :二森先生,あとはぼくたちでしますから,休んでください。

★しゃがんでいると,北の方からも東の方からも火が燃え始めだしました。
三角  :橋の下に5年生の山田がいるのですが,何度やっても,助け出せません。
      私は,他の子ども達を避難させなくてはいけません。すみませんが,後をたのみます。
(二森先生,佐々木先生が学校を守る役目)
★けがをしていない右うでで柱を抱えて,ゆり動かします。
  なかなか動きません。やっと柱が動き始めました。
二森  :山田,出られるぞ。さあ出てごらん。
山田  :先生,ここにくぎがのぞいていて出られないんです。
二森  :くぎの1本がなんだ。ぐずぐずすると焼け死ぬぞ。
★5寸くぎが足先の方に向いていて,出るときももにささってしまうのです。くぎを力任せにねじ曲げました。
 手のひらの肉が2か所えぐり取られて,大きな穴があきました。
二森  :くぎは大丈夫だ。さあ出てごらん。吉島の方へ早く逃げなさい。
佐々木 :だれもいないか。早く逃げろ。
二森  :物音一つしないな。みんな逃げたのだろうか。どうかみんな逃げていてくれよ。

★宿直室へ行くと,建物疎開の後始末に来ていた人が倒れています。
佐々木 :大丈夫ですか?
二森  :死んでいる。頭をやられて,即死だ。仕方がない。ここに寝かせておこう。
      何かあったら市役所に知らせることになっている。
      佐々木先生,すまないが,市役所まで報告してきてください。

★しばらくして佐々木先生が帰ってきました。
佐々木 :明治橋の所までは何とか行けましたが,向こう側は大火事で,とても入れそうにもありません。  
      市役所も燃えているということでした。
二森  :運動場の方で話し声がする。行ってみましょう。」
★けいさつ学校の先生と生徒の4人がいたわりながら,血にそまった制服で,
 くずれ落ちた校舎の上をふみながらやって来ます。
警察学校の先生:何か包帯のような物はありませんか?
★泰安殿の中に入れていた救急用品を差し出しました。
二森  :しっかりして,避難してください。
警察学校の先生:ありがとう。

★2人の子どもがふらふらと入ってやって来ました。
 目をうつろにあけ,やぶれたズボンにはだし。
 上着はなく,手をまるでゆうれいのように,前にたらし,手首を曲げ,指先を下に向けています。
 何だか灰の中からおきあがったように,目の回り,目のふち,首のところが灰にまみれているようです。
二森  :どうしたの?
子ども :市立商業の生徒で,建物疎開の作業に来ていました。
★近よってみると灰のように見えたのは,ひふがやぶれて,肉が見えているからでした。
 背中のひふはきれいになく,焼けただれています。手当のできる状態ではありません。
二森  :たいへんなことだね。そら,南の方へ行くと,救護所があるから,
      そこに行って治療してもらいなさい。」
★佐々木先生と目を見合ったまま,一言も出ません。

★ 急に住吉橋西の舟入川口町の方に火の手が上がりました。火は北の方へ向かっていきます。
 そのはやいこと。ガソリンを流しているところへ火をつけたような勢いです。
 神崎小学校の運動場の火を見ながら走りましたが,火の方が速く,河原町一帯が,あっという間に燃え始めました。
 急にものすごい風がおこり,空を見上げると,1,2メートルくらいのトタン数十枚が空高く吹き上げられました。
  やがて,そのトタン板は,まもののように,本川をこえて,中島小学校側へ落ちてきました。
 とっさに,与楽園の松林の大木のそばに体を寄せました。
 鋭い金属の角が,キーンという音とともに木につきささりました。
  トタン板が落ちてくるのがおさまると,向こう岸の炎が,本川をこえてやってきて,
 県病院の土手のささをもやし始めました。火を消さないと校舎が燃えてしまいます。
 しかし,数十秒の間隔で炎は,川をわたって来ます。本川は満潮をすぎて,流れは川下に向かっています。
 その中にいかだのような物が浮かんでいて,それにたくさんの人がつかまって,流れています。
 炎が川をなでるたびに人数が減っていきます。川の中をのぞきこむとあっと息を飲みました。
 まっぱだかになったたくさんの人が川底にしずんで,水死体となって流れているのです。
  空は一面けむりにおおわれ,太陽がぼんやり浮かんでいます。熱風で,はきそうになりました。
 この状態では,よそからの連絡も入らないでしょう。たった2人は,とても学校を守ることはできません。
 もう一度学校を見回りました。残っていたはずのこづかいさん(業務員さん)の前田さんがいません。
 宿直室へ行きました。
二森  :前田さん。前田さん。
 前田さんをくずれ落ちた材木の中から助け出しました。
 右のてのひらがくだけているようなので,救護所へ行くようにすすめました。黒いけむりが宿直室へ入り始めました。
★学校の前の文ぼうぐ屋の中田さんが,おくさんを助けてくれとかけこんで来ました。
 おどろいて行ってみると,中田さんの家は炎につつまれています。
 おくさんが家の下じきになっているということでしたが助け出せません。
 中田さんのさけびを耳にしながら,手をあわせることしかできませんでした。
 とうとう学校のまわりが火につつまれ始めました。
★2人は仕方なく学校を出ることにしました。
 逃げるには本川沿いの警察官舎の間をふみこえていくしかありません。
 本川は引き潮になって,砂地が見え始めました。そこには数え切れないほどの死体が横たわっています。

  二森先生と佐々木先生は,火のつき始めた学校にだまって礼をし,
 火の勢いのおとろえた住吉橋をわたって,舟入方面に逃げていきました・・・・・。